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保守的な私たち

J.クリシュナムルティ「恐怖なしに生きる」平川出版社 1954年1月5日:ラジガット・スクールで生徒たちに語る より


私たちは概して保守的です。この言葉が何を意味するかわかりますか。「維持する」という意味はどうでしょう。それは「持ち続ける」「守る」ということです。私たちはたいてい敬われていたいのです。だからこそ正しいことをしたいし、正しい行為を模範としたいのです。


でもそのことを深く突き詰めるならば、それが恐怖の兆候にほかならないことがわかるでしょう。


失敗してみたらどうですか。発見してみたらどうでしょう。ところが恐れている人はいつも「正しいことをしなくては。人から立派に見られなくては。あいつは何者だとか、取るに足りない奴だなんて世間からばかにされてはならない」などと考えるのです。


そういう人は実際、根底から怯えきっているのです。野心的な人間とは、ほんとうは怯えている人のことです。そして怯えているものには、愛も思いやりもありません。それはまるでびくびくと家の中に閉じこもっているようなものです。


まだみなさんが若いうちにこの、恐怖の実態を理解するということは、とても重要です。私たちを服従させるのは恐怖心です。でも私たちが、そのことをともに語り、吟味し、討論し、考えることができるなら、そこで私は問題を理解し、そして実行することでしょう。


それにつけても生徒が理解していないのに、教師に対する恐怖心を利用して、ある行動を強いたり押しつけたりするのは、まちがった教育です。ちがいますか。


創造力とか創造的であるということ。この意味はわかりますか。詩を書くというのはいくぶんは創造的です。絵を描くとか木を眺める、木や川、鳥や人々、大地を愛するということ、そして大地は私たちのものだという感覚 ―これらもある程度創造的です。


ところが恐怖を抱いたときや、また「これは私のもの、私の国、私のクラス、私の仲間、私の哲学、私の宗教だ」と言うとき、この感覚は壊されてしまうのです。私のもの、という感覚をもったとき、人は創造的ではありません


なぜなら「自分のもの」「自分の国」という感覚をもたせるのは恐怖の本能だからです。


そもそも、地球はあなたのものではないし、私のものでもないのです。地球は私たちのものなのです。そして、そのように考えることができるなら、私たちはまったく異なる世界を築くことになるでしょう。


アメリカ人の世界でもロシア人の世界でもインド人の世界でもなく、私たちの世界、あなたや私の、金持ちや貧しいものの世界になるのです。


ところが問題は、恐怖に駆られているとき私たちは創造しないということです。恐れている人には真理や神を見出すことは決してできません。あらゆる崇拝やイメージ、儀式の陰には恐怖があります。ということは、あなたが信じるさまざまな神は神ではないのです。それはただの石にすぎないのです。


昨日も語ったように、大人たちは美しい世界を造りませんでした。彼らは夥しい邪悪と恐怖と頽廃と争いでいっぱいです。彼らは善い世界を築かなかったのです。もしかしたらここラジガット・スクールを卒業するとき、みなさんはあらゆる種類の恐怖から解放されているか、あるいは自分や他の人の恐怖と、どう向き合うかを理解しているかもしれません。そうすればみなさんはきっと、共産党員や国会議員などの世界ではなく、それとはまったく違う世界を築いてゆくことでしょう。実はそれが教育の役割なのです

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内村鑑三の言葉
日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。欠けているのは「生きた確信」である。真理そのものを愛する「情熱」である。この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である。
武者小路実篤の言葉
何のためにあなたたちは、生きているのですか。国のためですか、家のためですか。親のためですか、夫のためですか、子のためですか。自己のためですか、愛するもののためですか。愛するものを、持っておいでですか。
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佐藤蓼丸

Author:佐藤蓼丸
私たちは体においてよりも、心において不健康である。⇨ ラ・ロシュフコー

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