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「敗者」としての病人

講座・差別の社会学2「日本社会の差別構造」弘文堂『近代日本における病者の差別』成田龍一 より


「家庭医学」はトラホームは「下等社会の住んでゐる不潔な貧乏街に流行」し「野蛮と不潔が大好物」であり、トラホームへの罹患の有無は「以って文野を卜とするの筮竹」と述べている。


トラホームは、当初は小さな「異常」を感じることにはじまるが、そのまま放置することによって進行、ついには失明へといたるため、「異常」を感じたときには、ただちに「医療」におもむき、「全治」するまで療治しつづけることが肝要である、と「家庭医学」はくり返す。


「新鮮な空気中に住み、塵埃及び煙を避け」「手巾手拭及び手は清潔にして爪垢の溜まらぬやう」にすることを説くが、清潔・衛生の実行と「医療」の価値化が説かれている。


換言すれば、トラホームに罹患した者は、清潔・衛生の価値を知らず、「医療」を継続して供受しない者と非難されるー「実に衛生思想のないもの程、下等人物はあるまい」。


「病人」はこの論理によって、不潔ー 非文明とされ、かかる点から差別をされることとなる。「麦粒腫」=「ものもらひ」は「垢」が眼瞼にうつり腫瘍をつくり出し、実際に「乞食」に多いと「家庭医学」は述べる。そのため「家庭医学」は、「されば、ものもらひに罹る者は乞食同様な不養生をなしたからだと自ら愧じねばならぬ」と「ものもらひ」患者を差別排斥する。


下等社会」―「不潔」―「病人」が関連させられ差別されるのだが、こうした記述は「家庭医学」をはじめとする通俗医学書のいたるところに散見される。


「家庭医学」では、こうして、「実に衛生思想のないもの程、下等人物はあるまい」といい、「嗚呼益々発達せしめたきは衛生思想と富の程度である」といい、衛生の価値化と「病人」の差別化が併行的におこなわれる


しかも、こうした」「下等」という集団的表象とともに「病人」の個人的能力の欠如が入り組みながら論じられ、「下等社会」「下等人物」と、摂生ができず自己規律のもちえぬ人物が「病人」として見下される


通俗的医学書をはじめ、さまざまな回路が明快に「病気」の原因を説明し、「予防」を講ずれば講ずるほど、「病人」は、自己の努力や知識や実行力が行き届かない者として差別されることとなる。身体の理解可能性が強調されるとき、「病人」は、自らの身体を理解することを怠り、あるいは、失敗し、その結果が「病気」として体現された身体を持つものと認定されてしまうのである。

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