一元論的な人間解釈
講座・差別の社会学「差別の社会理論」弘文堂ー米本昌平『科学の言説と差別』2、ナチス社会=人間の国有化 より
人間行動の遺伝決定論は、第二次世界大戦後のナチズムの封印作業の一貫として、繰り返し否定されてきた。ただし、ナチズムの封印作業の主題は政治的なものであり、疑似科学的なイデオロギーを否定する作業は、傍系であったといってよい。
国連で行われたのは、1948年の第三回総会で採択された世界人権宣言である。その主眼は、基本的人権の侵害の拒否と、「何人も人種・皮膚の色・性・言語・宗教・政治的意見・出身国・社会的門地その他で差別されないこと」に尽きるといってよい。
ナチスの人種差別理論の方はどこからみてもまったくの非科学的産物であったため、これを否定する作業は「人類に対するユネスコ声明」として行われた。この声明は、八ヵ国12人の人類学者、社会学者、社会心理学者などの間に回覧され、1950年にユネスコ本部で採択されたものである。
「人間は人間としてホモ・サピエンス一種である」とする象徴的な文章から始まり、「精神的な特性で人種を区別できない」「現在の科学では遺伝的差異が文化的差異の根拠だとする主張を正当化するものは何一つない」という表現は、明らかにナチス人類理論を念頭に置いたものであり、ナチス時代にユダヤ人を亜人間と呼ぶような状況を許してしまったことを強く戒めたものである。
戦後長い間、自然科学者や知識人の間では、遺伝決定論的人間観に連なる発言に対しては、敏感にこれを否定しようとする精神が共有されてきた。しかし、とくに60年代半ば以降のアメリカでは、このような精神的緊張は崩れてきている。
IQ問題の流れでいえば、69年に、カリフォルニア大学のアーサー・ジェンセンが「IQと学業成績をどれだけ増進させられるか」という論文を書き、それまでの研究をレビューする形で黒人のIQ値が低いことを環境要因だけで説明する立場を拒否したのである。
この時代、他にも、染色体のXYY型の男性は暴力犯罪を犯しやすいことを統計を用いて示そうとする研究や、動物行動学者のE・O・ウィルソンが大著「社会生物学」を著し、そのなかで人間行動の遺伝決定論としか読めない表現をした。