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所有する関係性

エーリッヒ・フロム「生きるということ」紀伊国屋書店より

おそらく最大の楽しみは、物を所有することよりも、生き物を所有することにあるだろう。家父長制社会では、最も貧しい階級の最もみじめな男でさえ、財産の所有者になることができる。


彼が絶対的な支配者としての気分を味わうことのできる妻、子供、動物との関係において。少なくとも家父長制社会の男にとっては、多くの子供を持つことが、所有権を獲得するために働く必要もなく、資本投下もなしに人間を所有しうる唯一の方法である。


出産の苦しみのすべてが女のものであることを考えると、家父長制社会で子供をつくることが女に対する露骨な搾取という問題であることは、ほとんど否定できない。しかしながら、母親はまた母親で独自の形態の所有権、すなわち幼い時期の子供の所有権を持っている。この堂々巡りは果てしのない悪循環となる


夫は妻を搾取し、妻は幼い子供を搾取し、青年期の男はやがて年長の男に加わって女を搾取する、など


家父長的な秩序における男の主導権は、ざっと六千年ないし七千年続いてきたが、今なお貧しい国々や、社会のもっとも貧しい階級の中では、これが支配的である。しかしながら、比較的豊かな国や社会では、それはしだいに減少しつつある


女、子供、そして青年の解放は、社会の生活水準が上がる時に、その上がり方に応じて行われるもののようである。人間に対する、旧式で家父長制的な所有権が次第に崩壊して行く時、完全に発達した産業社会の平均的な市民やより貧しい市民は、財産を取得し、守り、そして増やす情熱を、今やどこで叶えることになるのだろう。


その答えは、所有権の範囲を広げて友人、恋人、健康、旅行、美術品、神、自我まで含めるというところにある。人は物に変貌し、彼らのお互いの関係は所有権の性格を帯びる。<個人主義>は、その肯定的意味では社会的鎖からの解放を意味するが、否定的な意味では<自己所有権>すなわち自分自身の成功のために自分の精力を投入する権利と義務を意味する。


自我は、私たちの財産感覚の最も重要な対象である。なぜならそれは多くのものを含むからである。体、名前、社会的地位、所有物(知識を含めて)、自分自身に抱いているイメージ、及び他人に抱いてほしい自分のイメージ


自我は知識や熟練のような現実に持っている資質と、私たちが現実の核の回りに築き上げるある種の架空の資質との混合である。しかし本質的な点は自我の中身が何であるかということよりも、自我が私たち各人の所有する物と感じられ、この<物>が同一性の感覚の基礎になるということである

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内村鑑三の言葉
日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。欠けているのは「生きた確信」である。真理そのものを愛する「情熱」である。この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である。
武者小路実篤の言葉
何のためにあなたたちは、生きているのですか。国のためですか、家のためですか。親のためですか、夫のためですか、子のためですか。自己のためですか、愛するもののためですか。愛するものを、持っておいでですか。
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佐藤蓼丸

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私たちは体においてよりも、心において不健康である。⇨ ラ・ロシュフコー

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