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持つ様式と言葉

人は生まれたとき無知であって、ばかではない。教育によってばかになるのだ。⇨ バートランド・ラッセル


エーリッヒ・フロム「生きるということ」紀伊国屋書店 より

言語は持つ方向づけを強化する時の重要な要因である。或る人物の名前ー 私たちはみな名前を持っている。(そしてもし現在の非人格化への傾向が続くなら、おそらくは番号を持つだろう)


(*固定された、静的な名前は)彼もしくは彼女が究極的な、不滅の存在であるという幻想を生み出す。人物と名前とは等価値となり、名前はその人物が永続的不朽の実体であり、過程ではないことを明示する。


普通の名詞も同じ機能を持っている。すなわち、愛、誇り、憎しみ、喜びは一見不変の実体のようだが、このような名詞には実存性がないうえに、私たちが問題にしているのは或る人間の内部で進行している過程である、という洞察を曇らせるだけである。


しかし<テーブル>や<ランプ>のように、物の名前としての名詞でさえも、誤解を招く。これらの言葉は私たちが不変の実体について語っていることを示しているが、物とは私たちの肉体組織の中にある種の感覚を生じさせる、エネルギーの過程にすぎないのである


ところがこれらの感覚は、テーブルやランプのような特定の物の知覚ではない。これらの知覚は学習という文化的過程、即ち或る種の感覚に特定の表象の形を執らせる過程の結果である。私たちはテーブルやランプのような物は、見たとおりに存在していると単純に信じて、社会が私たちに(*客観的な)感覚を(*主観的な)知覚に変貌させるように教えていることに、気付かない


ところがこの知覚によって、私たちは与えられた文化の中で生き延びることができるように、周りの世界を操作することができるのである。いったんこのような表象に名前を与えてしまうと、その名前は表象の究極的かつ不変の実存性を保証するように思われるのである。



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私たちは体においてよりも、心において不健康である。⇨ ラ・ロシュフコー

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