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新古典派の欺瞞

皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。⇨ イエス・キリスト





サスナビチャンネル「ハーマン・デイリーの定常経済を考える」より 話し手:枝廣淳子・環境ジャーナリスト、聞き手:足立直樹・株式会社レスポンスアビリティ代表取締役


足立:定常経済が、これまできちんと理解されなかったのは、どういうことなんでしょうか


枝廣:そうですね、やはり新古典派といわれる経済学者が世界の経済の中心にいるわけですが、彼らの考え方だと、そもそも経済成長は何のためとか、そもそもいいことなのっていうのは、不問なんですね。それは問わないどうやって経済成長するかっていう方法論から入るので、たとえばその、今の経済学者ではなくて、それこそアダム・スミスとか、ジョン・スチュアート・ミルとか、あの時代の古典派の経済学者たちは、いづれは経済成長したあと定常経済に移行するならざるを得ないしなった方が幸せなんだ。と言っているんですね。


だけど、ハーマン・デイリーも言ってましたが、今の経済学部に行っても、そういう古典派を習わない、経済成長ありきの方法論から入って学んでいるので、誰も疑問に思わない


足立:経済学の目的は、人間を豊かにするんだ、私たちの社会を豊かにするんだ、そして、最終的に豊かになれば、どこかで定常状態、限界ができるということを、かつての経済学の祖はわかっていたということですね。それを、むしろその途中で、どんどん効率だけ求めるようになると、目的を忘れて、手段の方ばかり発達させてしまったと、そういうような図式なんですかね。


枝廣:そういうことですよね、そうなってしまってますよね。


たとえば、経済成長しても、技術革新で*原単位を落としていけばいいんじゃないかと、そうすれば、スループットを大きくしないで経済成長できるという意見が必ずあって、それは時間稼ぎとしては必要なんですが、どこまでも経済成長しようと思うと、どこまでも効率を上げ続けなければいけない


たとえば一単位のものを作るときに出すCO2を考えて、それを減らしに減らして、最後にゼロかマイナスにならないと、経済成長続けられないんです。(そもそも)そんな技術が本当にあるのか?ということなんですよね


足立:例を出すと、テレビなんかはこの10年20年で、ものすごく消費電力少なくなったけれども、画面が大きくなり、各部屋に一台づつ置くようになると、結局トータルとして、家庭で使っている電気だとか資源量は大きくなってしまうということですよね。そういうパラドックスが今のままでは起きてしまうということですね。つまり、ここが上限だから、ここまでで止めておくのがいいんだよということを理解して、むしろそれを達成するために、環境効率性をあげる、あるいは、原単位を小さくするということですね。


*一定量の生産物をつくるために使用する、または排出するモノや時間などの量

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