FC2ブログ

「タイプ3的」文化

市場販売志向は、人間の中に潜在的にあるものを開発しない。市場販売志向は、態度の可変性こそが、唯一永続的な特質である。この志向においては、最もよく売れる特質が発達する。しかし、それは単なる役割仮面であり、別の特質がもっと望ましいとなれば、即座にそちらに変わり得る。⇨ エーリッヒ・フロム「生きるということ」第7章ー宗教、性格、社会 <市場的性格>と<サイバネティックス宗教>紀伊國屋書店


ところでこの個人の資質に関してであるが、これについて私が言えるのは、明らかに一方には「どのタイプにも適応できる」大きな融通性もしくは能力(態度の可変性)をもっている人々がおり、他方には一つのタイプに適応しもう一つのタイプに適応しないでいる方がうまくいく人々もいる、ということだけである。このことには我々の知識がまだ及んでいない原因・最終的には生理的な要因・が関わっているのかもしれない。そうである可能性は私の見るかぎりかなり高いようである。これは私が経験したことだが、タイプが逆転していると、そのためにほとんどの人は疲れ切ってしまうので、場合によっては生物体としての生理的健康が著しく損なわれることもある。⇨ ユング「タイプ論」みすず書房ータイプの一般的説明/序論 より


ドン・リチャード・リソ「性格のタイプ」春秋社より

アメリカは急速に「タイプ3」文化の国になりつつある。自愛的で、印象志向で、実質よりも外観を、実物よりも象徴を大事にする。あらゆるものが商品のように扱われ、優秀さを求めることは、作り物を讃美することにとって代わられる。


政治は、主義主張や公共の福祉のために力を示さず、宣伝に力を注ぎ、注意深く計算されたイメージを大衆に売り込むが、大衆は、そのイメージが実像なのか、まがい物なのか、見分けることが出来ない


メディア媒体は、大衆に何が売れるかということに主に携わっている。浅薄な価値や、人目を欺くイベントの華やかさが、物事を判断する基準になっている。唯一の指針は「注目を集める能力」で、なにが注目され求められているかに価値を置いている。計算されたイメージが現実であるかのように装い、大衆は、見事な包装に惑わされ中に何も入っていないことに気づかない。


人々は、ますます競争が激しくなる市場で、注目されるためには何でもするので、自己顕示欲自己宣伝は受け入れられるものになっている。理想は勝者になること、成功し、有名になり、賞賛されることである。至る所で、人々が成功と名声を追い求めている。私たちは自己陶酔的な空想を売りつけられている。すなわち、他人の少しだけ上をいけば、ひとかどの人物である。自分の印象をうまく操れば、君もスターに、いや、神になれる。


市場販売志向の社会で、通常のタイプ3は、他人が自分の地位や名声についてどう思うかを恐れ、自分を向上させることではなく、自分の印象を高めようとして競争を激化させる。彼らは、自分が投影する心像が、真実であるか否かに関わらず、好ましい印象をつくろうとする。中身以上の様式「他人の心にどんな姿として浮かぶか」がずっと重要になる。


その結果、純粋な人間としては、いっそう好ましくなくなり、商品としては、いっそう好ましくなる




記事分類
転位
*
*
ランキングに参加しています
BlogPeople
FC2ブログランキング
INポイントランキング
ブログパーツ
リンク
内村鑑三の言葉
日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。欠けているのは「生きた確信」である。真理そのものを愛する「情熱」である。この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である。
武者小路実篤の言葉
何のためにあなたたちは、生きているのですか。国のためですか、家のためですか。親のためですか、夫のためですか、子のためですか。自己のためですか、愛するもののためですか。愛するものを、持っておいでですか。
プロフィール

佐藤蓼丸

Author:佐藤蓼丸
私たちは体においてよりも、心において不健康である。⇨ ラ・ロシュフコー

安全で有効なmRNAワクチン?
安全で有効なDNAワクチン?
ファイザー遺伝子ワクチンの副反応
ワクチンの天秤のかけ方
医学部生等まで正体不明のワクチンに捧げるな