FC2ブログ

一人でいられないという事実

だめだよ。ぼくは孤独になりたいんだ。春になったら、また会おう。⇨  スナフキン「ムーミン」



エーリッヒ・フロム「愛について」紀伊國屋書店より

技術の修練には規律が必要である。だが、現代人にとって規律を身につけるなど朝飯前だと人は言うだろう。現代人は規則正しく八時間働き、決められた仕事に従事しているではないか、と。


しかし実際には、ひとたび仕事を離れると、現代人はほとんど自制心をもたない。働いていないときは、だらだら怠けていたいと思っている


怠けたいという願望は、厳格な仕事に対する反動である。自分の意思ではなく、仕事のリズムによってエネルギーを使うことを強いられているため、彼は反逆する。そしてその反逆は自分を甘やかすという子どもっぽい形をとる


それだけでなく、現代人は権威主義と闘ってきたので、あらゆる規則に対し不信感を持っている。権威が課す不合理な規律だけでなく、理に適った自律的な規律に対しても、不信の念を抱いている


しかし、そうした規律までもが失われれば、人生は混乱し、まとまりを失って破壊されるだろう。


集中が技術の修練に必要なことは、何かの技術を学ぼうとしたことのある人には周知の事実だろう。ところが現代社会では、集中は規律以上にまれにしか見られない


現代社会は、過去のどんな時代にも見られないような、まとまりを欠いた散漫な生活を助長している


誰もが一度にたくさんのことをする。本を読み、音楽を聴き、おしゃべりをし、タバコを吸い、食事をして、酒を飲む。誰もみな大きな口を開けて、絵だろうと、酒だろうと、知識だろうと、なんでもかんでも必死に呑み込もうとしている


この集中の欠如を如実に示しているのが、一人でいられないという事実だ。ほとんどの人が、おしゃべりもせず、タバコも吸わず、本も読まず、酒も飲まずに、じっと座っていることが出来ない。


物事の達成には忍耐が必要ということも、やはり一度でも何かの技術を身につけようとしたことのある人なら知っているはずだ。とはいえ現代人にとって忍耐は、規律集中力と同じく会得するのが難しい。


現代の産業システムは全体が忍耐とは正反対のもの、すなわち速さを求めている。機械はすべて速さを第一条件にしている。同じ量の製品を半分の時間で作る機械は、古くて遅い機械の二倍良いとされる


人間の価値は他の多くの価値と同じく、経済的価値によって決められる。機械にとって良いことは、人間にとってもよいだろうという理屈だ。そのため現代人は素早くやらないと、なんだか落ち着かない。何かを、つまり時間をムダにしているような気分になるのだ。


ところがそうやって稼いだ時間で何をしていいか分からず、結局ムダに浪費してしまう

「活動的」という勘違い

この連中は、まるでアイツウ(悪霊)に憑りつかれた人のように、首のないまま走り回り、行く先々どこにでも、災いと大混乱を起こす。憑りつかれたこの状態は恐ろしい。呪い師にもなおすことができず、たくさんの人びとに伝染し、人びとを悲惨に落としてしまう恐ろしい病気。⇨ 岡崎照男訳「パパラギ」立風書房より


boomerang.jpg


エーリッヒ・フロム「希望の革命」紀伊國屋書店より

活動という概念は、産業社会に暮らす現代人に広くゆきわたっている<幻想>であり、私たちの文化のすべてが、せかせかせわしなくただ動き回っているという、仕事に伴う忙しさの表現である。


私たちはシステムの歯車であり、社会があまりにも<活動的>なので、たいていの人は何もしないことに苦痛を感じる始末だ。あらゆるレジャーでさえ、別の人間の仕事になっている。私たちは仕事をしていないときでさえ、ドライブをしたり、ゴルフをしたり、くだらぬおしゃべりをしたりして<活動的>に過ごす。


私たちが本当に恐れているのは、何もすることがない時間である


厄介なことに、私たちは非常に忙しいにもかかわらず、極端に受動的であるという事実に気が付いていない。私たちは常に外部からの刺激を必要としている。それは、お喋りだったり、映画だったり、旅行だったり、わくわくするような消費の興奮だったりする。


私たちには、背中を押し、スイッチを入れ、そそのかし、誘惑してくれるような刺激が必要なのだ。私たちはいつでも走り回り、決して立ち止まらない。私たちは常にやらされるばかりで、決して自分からしようとしない


現代人は、自分を大いに活動的だと思っているが、本当は自己を直視した時に生じる不安から逃れるために、何かしていなければならないという強迫観念に駆り立てられているのである。


zombie.jpg


調子のいい日でも私たちは、97%はゾンビです。不調な日なら98%、残りの2~3%が、日々の活動を意識的にコントロールしている割合です。⇨ スコット・グラフトン(神経科学者)


素晴らしき新世界

エーリッヒ・フロム「愛について」紀伊國屋書店ー第3章『愛と現代西洋社会におけるその崩壊』より


現代人は、オルダス・ハックスリーが「素晴らしき新世界」で描いているような人間像に近い。うまい物をたっぷり食べ、きれいな服を着て、性的にも満ち足りているが、自分というものがなく、他人ともきわめて表面的な触れ合いしかなく、ハックスリーが簡潔にまとめているようなスローガンに導かれて生きている。


個人が感情を持つと社会が揺らぐ」「今日の楽しみを明日に延ばすな」、あるいは最高のスローガン、「昨今は誰もが幸福だ」。


今日の人間の幸福は「楽しい」ということだ。楽しいとは、何でも「手に入れ」、消費することだ。商品、映像、料理、酒、タバコ、人間、講義、本、映画などを、人々はかたっぱしから呑み込み、消費する。


世界は、私たちの消費欲を満たすための一つの大きな物体だ。大きなリンゴ、大きな酒瓶、大きな乳房なのだ。私たちはその乳房にしゃぶりつき、限りない期待を抱き、希望を失わず、それでいて永遠に失望している


今や私たちの性格は、交換と消費に適応している。物質的なものだけでなく精神的なものまでもが、交換と消費の対象となっている。


必然的に、愛をめぐる状況も、現代人のそうした社会的性格に呼応している。ロボットは「商品化された人格」を交換し、公平な売買を望む。愛の(特にこのような構造を持つ結婚の)もっとも重要なあらわれの一つが「チーム」という観念である。幸福な結婚に関する記事を読むと、かならず、結婚の理想は円滑に機能するチームだと書いてある。


こうした発想は、滞りなく役目を果たす労働者という考えとたいしてちがわない


そうした労働者は「適度に独立して」おり、協力的で、寛大だが、同時に野心にみち、積極的であるべきとされる。


同じように、結婚カウンセラーは言う。夫は妻を「理解」し、協力すべきだ。新しいドレスや料理をほめなくてはいけない。いっぽう妻の方は、夫が疲れて不機嫌で帰宅したときには優しくいたわり、夫が仕事上のトラブルを打ち明けるときには心を込めて聞き、妻の誕生日を忘れても怒ったりせず、理解しようと努めるべきである、と。


こうした関係を続けていると、二人の間がぎくしゃくすることはないが、結局のところ、二人は生涯他人のままであり、けっして「中心と中心の関係」にはならず、相手の気分を壊さないように努め、お世辞を言い合うだけの関係にとどまる


愛と結婚に関するこうした考え方では、堪えがたい孤独感からの避難所を見つけることにいちばんの力点が置かれている。私たちは「愛」のなかに、ついに孤独からの避難所を見つけた、というわけだ。人は世界に対して、二人からなる同盟を結成する。この二倍になった利己主義が、愛や親愛の情だと誤解されている

タイプ7と躁鬱性人格障害

ドン・リチャード・リソ「性格のタイプ」春秋社 より

不健全なタイプ7(外向的感覚型)は躁鬱性人格障害と演技性人格障害にそれぞれ部分的に相当する。


MSDマニュアル・プロフェッショナル版 より

■双極性障害

双極性障害は,躁病エピソードおよび抑うつエピソードにより特徴づけられ,これらは交互に生じることもあるが,多くの患者はどちらか一方が優勢である。正確な原因は不明であるが,遺伝,脳内神経伝達物質の変化,および心理社会的因子が関与する可能性がある。診断は病歴に基づく。治療は気分安定薬の投与で構成され,ときに精神療法を併用する。


双極性障害患者の一部では,特定の薬物が増悪の誘因となる可能性があり,そのような薬剤としては以下のものがある。交感神経刺激薬(例,コカイン,アンフェタミン類)/アルコール/特定の抗うつ薬(例,三環系,MAOI)


■躁病ー躁病エピソードは,高揚した,開放的な,または易怒的な気分が1週間以上持続するとともに,目標指向的な活動または気力が持続的に増加し,加えて以下の症状が3つ以上認められる場合と定義される。


自尊心の肥大または誇大性/睡眠欲求の減少/普段より多弁/観念奔逸または思考促迫/注意散漫/目標指向的な活動の増加/望ましくない結果を招く可能性が高い活動(例,買いあさりばかげた事業への投資)への熱中。


躁病の患者は,楽しく,しかしリスクの高い様々な活動(例,ギャンブル危険なスポーツ,見境のない性行為)を,疲れを知ることなく過度に,かつ衝動的に行うことがあり,それに伴う害の可能性は認識していない。症状が重度であるために,患者本来の役割(職業,学業,家事)を果たせなくなる。無分別な投資,買いあさり,その他を選択することにより,取り返しのつかない結果を招くことがある。


⇨ 躁病エピソードを呈している患者は快活で,派手または色彩豊かな服装をすることがあり,かつしばしば高圧的な態度をとり,発語は早口で,制止することが困難である

⇨ 音による連想(意味ではなく,言葉のもつ音が引き金となって新たな思考が生まれる)がみられることもある。気が散りやすく,主題または試みが絶えず次々と変わることがある。

⇨ しかしながら,自分は最高の精神状態にあると信じている傾向がある。


病識の欠如および活動量の増大のため,しばしば差し出がましい行動に出ることがあり,この2つは危険な組合せとなりうる。対人的な摩擦のため,自分は不公平に扱われている,または迫害されていると感じることがある


⇨ その結果として,患者は自身または他者にとって危険な存在となる場合がある。

⇨ 精神活動の加速は,患者には思考促迫として経験され,医師には観念奔逸として観察される。


■躁病性精神病

躁病性精神病(manic psychosis)は,統合失調症との鑑別が困難となりうる精神病症状を伴う,より極端な臨床像である。患者は極度の誇大性または被害妄想(例,キリストのように迫害を受けている,FBIに追われているなど)を呈することがあり,ときに幻覚を伴う。活動レベルが著しく高まり,患者は走り回りながら金切り声をあげる,ののしる,または歌を歌う場合がある。気分の変動が大きくなり,しばしば易怒性が増加する。本格的なせん妄(せん妄躁病[delirious mania])が生じて,一貫性のある思考および行動が完全に失われることがある。


■軽躁病

軽躁病エピソードは,躁病ほど極端ではない状態であり,抑うつ状態ではない平常時と明らかに異なる行動が4日以上持続する明確なエピソード,および躁病に関する上述の追加症状が3つ以上認められる明確なエピソードである。軽躁病期には,気分が明るくなり,睡眠欲求が減少し,精神運動活動が加速する


患者によっては,軽躁病期には気力の高まり,創造性,自信,および普段以上の社会的機能がみられるため,適応的となる


多くの患者は,その多幸感に満ちた楽しい状態を終わらせたくないと願う。機能がかなり良好な患者もおり,大半の患者では機能が著しく損なわれることはない。しかしながら,一部の患者では,軽躁病が注意散漫,易怒性,および気分変動として現れ,患者も他者もあまり魅力的には感じない


MSDマニュアル・家庭版 より

■うつ状態

双極性障害のうつ状態は、うつ病が単独で生じる場合と似ています強い悲しみを感じ、日常の活動に対する興味が失われます。思考や動作が緩慢になり、通常よりも睡眠時間が長くなることがあります。食欲が増加したり、低下したりすることがあり、体重が増加したり、減少したりすることがあります。絶望感や罪悪感に圧倒されることもあります。集中できなくなったり、決断ができなくなったりすることもあります。


双極性障害で生じるうつ状態では、単独で生じるうつ病よりも精神病症状(幻覚や妄想など)がよくみられます

タイプ7と演技性人格障害

ドン・リチャード・リソ「性格のタイプ」春秋社 より

不健全なタイプ7(外向的感覚型)は躁鬱性人格障害と演技性人格障害にそれぞれ部分的に相当する。


「MEDLEY」<MEDLEYは、775名の医師とともに医療事典を作成するプロジェクトです>演技性パーソナリティ障害<4人の医師がチェック/33回の改訂/最終更新: 2019.03.06 >より

■演技性パーソナリティ障害とは

過剰な感情表現や人の注目をひこうとする行動が行き過ぎて、社会生活に問題が起こる病気です。はっきりとした原因はわかってはいませんが、環境と遺伝の両方が関係していると考えられています。特定の検査はなく、自覚症状や周りの人の話をもとにして、診断されます。治療は精神療法が中心となり、不安や抑うつなどがある場合には抗不安薬と抗うつ薬が使われます。演技性パーソナリティ障害が心配な人やその家族は精神科や心療内科で相談してください。


■演技性パーソナリティ障害について

自分が注目の的になる、過剰に感情表現をするなどの行動で人の注意をひこうとして、対人関係がうまく行かなくなり社会生活に問題が起こってしまう

・精神的に脆く傷つきやすい部分を内々に抱えていることが多い。

表面上は明るく魅力的に振る舞う一方で、急に不安でたまらなくなったり無気力になったりする。

・いくつかの特徴に当てはまっても、著しく偏って柔軟性がなく持続的で苦痛などを引き起こしているのでなければパーソナリティ障害とは診断しない。

・文化的背景や社会的背景によって、パーソナリティ障害の特徴に当てはまるとみなされる内容は変わる。

・明確な原因はわかっていない。環境と遺伝の両方の影響があると言われている。


■演技性パーソナリティ障害の症状

・自分が注目の的になっていないと楽しくない。

・他人との関わりは不適切なほど性的に誘惑的挑発的な行動がみられる。

・ 感情表現が浅くすぐに変化する。

・自分への関心を引くために身体的外見を用いる。

・印象的だが内容のない話し方をする。

芝居がかった態度、誇張した感情表現をする。

・ 他人や環境の影響をうけやすく被暗示的である。

・対人関係を実際以上に親密なものだと思っている。

記事分類
転位
*
*
ランキングに参加しています
BlogPeople
FC2ブログランキング
INポイントランキング
ブログパーツ
リンク
内村鑑三の言葉
日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。欠けているのは「生きた確信」である。真理そのものを愛する「情熱」である。この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である。
武者小路実篤の言葉
何のためにあなたたちは、生きているのですか。国のためですか、家のためですか。親のためですか、夫のためですか、子のためですか。自己のためですか、愛するもののためですか。愛するものを、持っておいでですか。
プロフィール

佐藤蓼丸

Author:佐藤蓼丸
私たちは体においてよりも、心において不健康である。⇨ ラ・ロシュフコー

安全で有効なmRNAワクチン?
安全で有効なDNAワクチン?
ファイザー遺伝子ワクチンの副反応
ワクチンの天秤のかけ方
医学部生等まで正体不明のワクチンに捧げるな