人間の欲望の制度化
おい、何かおかしくないか?なんだってお前の行く先々で、クーデターが起こるんだ?⇨ ロジャー・マータフ「リーサルウェポン Season3」
宇沢弘文・内橋克人「始まっている未来」岩波書店より
1960年代のベトナム戦争で、アメリカが膨大な財政赤字と貿易赤字、インフレーションという三重苦に悩まされた結果、固定為替相場制を放棄するというニクソン・ショックの過程で、ミルトン・フリードマンをリーダーとする市場原理主義者たちが大きな影響を世界中に持つようになっていきます。
市場原理主義が最初にアメリカから輸出されたのはチリです。シカゴ大学には中南米からの留学生が多く、そういう学生たちを積極的に支援して、サンチャゴ・デ・チレ大学をベースにCIAが巨額の資金をつぎ込む。ピノチェトのクーデターを資金的にも軍事的にもサポートする。
1973年9月11日にアジェンデ大統領が虐殺された後、シカゴ大学で市場原理主義の洗礼を受けた「シカゴ・ボーイズ」たちが中心になって、新自由主義的な政策を強行するわけです。
銅山を例外として、国営企業はすべて民営化され、金融機関は原則としてアメリカの金融機関の管理下に置かれた。チリの企業は所有関係について外国人と内国人の区別をしてはいけない。労働組合は徹底的に弾圧して潰す。その過程で、秘密警察を使って反対者たちを粛正する。ピノチェト政権の下で秘密警察によって虐殺された人は、政府の発表では数千人ですが、実際には10万人近くに上るといわれています。
シカゴ大学での私の学生や友人で、そのころ行方不明になった人が何人もいます。実は、1973年9月11日(チリ・クーデター)、私はシカゴにいました。あるパーティに出ていましたが、 アジェンデ虐殺のニュースが入ったとき、フリードマンの流れをくんだ市場原理主義者たちが歓声を上げたのです。私は以後一切、シカゴ大学とは関係しないと心に固く決めました。
そのほぼ30年後、2003年9月3日、イラクに一応独立国としての体裁をもった暫定政府ができて、国営企業は全て原則として民営化して、金融機関はアメリカの金融機関が支配する。ただ石油だけは国営として残す。イラクでも全く同じことが繰り返されるこのパターンは、チリに始まって、アルゼンチンなど世界の多くの国に輸出された。
市場原理主義という、ある意味で人間の本性に発しているかの如く見えて、その実、極めて抽象化され、論理づけられた、人間の欲望の制度化は、国によっては神の意志と合一したり、超個人的なものと結びつけられたりして神聖化されていく。
そのような市場原理主義という信教をもって、あたかも市場が人間を超えたものであるかのごとく正当化する理論を築き上げ、時の体制に奉仕してきたのが「経済学」だったのではないでしょうか。
人間を超える市場など本来あってはならないし、あり得ないと思うけれども、あたかもあるかのごとく理論づけてきた経済学とは、いったい何だったのでしょうか。