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十善戒➡消費礼賛の十戒

藤原新也「東京漂流」(朝日文庫) より


これは、あきらかに、消費文明の神が大衆に下した「十戒」である。さしずめ、経済学者・林周二は、その伝道者ということができようかとも思う。


この1960年代前夜に布告された十戒は、20年を経た現在、色あせてないばかりか、あらゆる基本的な商品が開発され尽くし、人々がそれらの商品のほとんどを手に入れた今、この十戒は生産する側にとっても消費する側にとってもさらに一層深く信仰していかなければならない御神託となっている。


余談であるが、この十戒は林周二の独創ではない。アメリカの経済学者V・パッカードが50年代末に著した。「消費を創り出す人々」に、この生産と消費拡大のための原則が同じかたちで描かれている。V・パッカードは消費文明の批判のために書物を著わしたのだが、林周二はそれを逆用したのである。


この消費文明の十戒が主にテレビという「祭壇」によって家庭のなかに日々声高に説法されてきた60年代以降の掟であるなら、そのテレビの場に置かれていた、それ以前の日本家庭における祭壇(神棚や仏壇)は、欲望を基調とした消費文明のそれとは逆の十戒を表していた。


仏教の言う「十善戒」である。

1、不殺生 (殺さない)

2、不偸盗 (盗まない)

3、不邪淫 (邪淫しない)

4、不妄語 (嘘をつかない)

5、不綺語 (お世辞をいわない)

6、不悪口 (悪口をいわない )

7、不両舌 (二枚舌をつかわない)

8、不慳貪 (欲張らない)

9、不瞋恚 (怒らない)

10、不邪見 (不正な考えをしない)


当然かつての大衆が、このような十善戒を十分に信仰していたというわけではない。私がそれをここに提示したのは、それがあくまで過去的な価値体系の基調として、家庭の生活感覚や家訓の中に浸透していたということだ。


その、対極ともいえる、二つの十戒の転位は、日本という国のある時代における価値の変転を、劇的な形で示している。


この二つの十戒の逆転を境として、かつて日本人が一般的に保持していた生活意識も当然ながら変わっていく。つまり「クヨクヨせず」「質素・倹約」をしながら「自分に合った」生活をし「社会のため」「清く正しく」暮らすという、日本の小市民が戦前からまがりなりにも引き継いできた暗黙の生活意識は・・・・・・、


あの「ファイト」のひと言の中に秘められる十戒によって、「アクセクし」「消費と無駄」をしながら、「背のびをした」生活をし、自分のため」「汚く不正」に暮らすという生活意識に変り、それに伴って人々の関係は協調し合うものから、競合し合うものへと変わっていった。このような生活意識の変化は、家の構造が開放的なものから自閉的なものに向かうという、この時代の家の変化と軸を一にしている。


家は、家庭や世間の人々や自然や超自然との交流の場であったものから、社会的な生産性を上げ、それを獲得していく闘いのための機能的な砦へと変質していく。

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日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。欠けているのは「生きた確信」である。真理そのものを愛する「情熱」である。この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である。
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何のためにあなたたちは、生きているのですか。国のためですか、家のためですか。親のためですか、夫のためですか、子のためですか。自己のためですか、愛するもののためですか。愛するものを、持っておいでですか。
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私たちは体においてよりも、心において不健康である。⇨ ラ・ロシュフコー

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