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自立した生活、高次の責任

Toshikazu Sakurai「千年のうち」余命一年から千年を考える~より

この場合に必要とされる仕事は、自立した生活を担保しているうえで、さらに高次元な責任と結果を求められる不可欠の仕事になる。つまり、実行者にはとっての名誉な行為となっていく。


この場合、報酬は絶対に必要なものではなくなる。しかし、全身全霊を投入しなければならない天職となってもおかしくない。(私欲を離れた聖職化)


(経営がうまくいかなければ、従事者の拘束時間は、都市の単純労働より長く、激しくなる。一般の会社でも経営者=社長の責務は重く、とるべき公共的責任は命にかえても果たさねばならないときがあるので、当然といえるでしょう・・・。)


閉鎖環境のため、永続するためには限りある資源は、無償で手に入れたものであろうと、循環させねばならない廃棄品は原則として出してはならない。(都市はそもそも永続する発想はない。永遠のその場かぎりの空間主義・使い捨て主義になるしかない


生命の目標は、もともと「永続して存在する・生きること」ことなのだから、安全な環境とは、閉鎖して完全循環する「場所」である。そのため、輸出輸入(貿易)は、エネルギー循環、物質循環を維持できる範囲にとどめる必要がある。(少量の貿易品で、必要がまかなえれば最善)


ところが、基本的に小規模なため、外部から大規模なダンピングが行なわれ、大量で表面上安価なエネルギーと物資が洪水状態でおしよせると、対抗手段がなくなって循環システムが崩壊する。 (まともにやれば都市には勝てない。正攻法では対抗できない。大型店に中小商店がつぶされるのと同じである)


だから・・・コスト差があるものに対しては、時限的な「関税」により、環境を維持しつつ、同じコストで自己調達可能なように効率化しなければならないし、それが実現できたらダンピングを糾弾する論陣を形成して、言論で防がねばならない


20160203 T.Sakurai (おにはそと ふくはうち)


働きもせず紡ぎもしない

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