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失われた強い自我



「論座」国民の自画像としての安倍/菅政権(上・下)白井聡 京都精華大学人文学部専任講師(葉梨愛ツイッター的ブログ経由)より


この間はっきりしてきたのは、安倍=菅体制に対する支持率が高いのは、若年層であるという事実だった。若年であればあるほど支持が強いと言っても差し支えないほどだ。当然この世代は、「平和と繁栄としての戦後」というものを経験していないし、現代に対するそのような肯定的イメージも持っていない。


にもかかわらず、「平和と繁栄」を知らない世代こそが、「体制」を支持することによってこのイメージに最も強く縋りついているようにも見える。つまり、覚醒の困難は、若年層において濃縮されたかたちで現れている。


この現象は「若年層の保守化」とか「若年層の野党嫌い」などと呼ばれ、昨今盛んに分析が加えられている。私見を述べるならば、この現象の最大の要因は「社会からの逃走」であり、「社会の蒸発」である。➡「社会からの逃走」「社会の蒸発」とは「個性の蒸発」と「集団的ナルシシズム」(蓼丸)


自由からの逃走

エーリヒ・フロムの『自由からの逃走』によれば、自由と理性が拡大する時代であるはずの近代において、権威主義への傾倒が生ずる理由は、近代的自由の裏面には「寄る辺のなさ」「孤独」があるからだという。すなわち、前近代的な拘束からの解放こそが近代的自由の核心であるわけだが、それはそのまま、社会のなかに個人が裸で投げ出され、不安にさいなまれることを意味する、という。


拘束を含みつつも各人に確実な居場所を与える前近代的な人間関係をフロムは「第一次的絆」と呼んだが、これが失われることによる不安は、経済不況や産業構造の転換、敗戦等の社会的混乱の際に極大化し、それがある水準を超えてしまうと、人々は近代的な自由を自ら進んで投げ捨てて権威に服従することに偽の安心を求めるようになるのだ、と。


フロムの議論は、こうした「自由からの逃走」が、宗教改革(苛烈な神への服従を説いたプロテスタンティズムの出現)およびナチズムを典型として、近代の歴史のなかで形を変えながら反復されてきたことを示し、今後も反復されるだろうことを示唆している。われわれが目撃しているのは、おそらくその最新版である。


いずれにせよ、劣化する一方の社会の存在認識することは苦痛でしかなくなる。その苦痛が一定の水準を超えたとき、「社会」の存在は否認されるだろう。「社会などというものは存在しない」というマーガレット・サッチャーのテーゼは、人々の認識上で実現され、それは究極の社会的無関心をもたらす。なぜなら、存在しないものに対して人は関心を持つことはできないからだ。➡ 「存在しないもの」を認識するためには「創造的な想像力」「肯定的な想像力」「現実的な想像力」「未来に対する想像力」が必要。(蓼丸)


そこに現れるのは、「自由からの逃走」の現代版としての「社会からの逃走」である。現代の若年世代においてこの傾向が濃縮された結果が、この世代の「体制」に対する高い支持率にほかなるまい。

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佐藤蓼丸

Author:佐藤蓼丸
私たちは体においてよりも、心において不健康である。⇨ ラ・ロシュフコー

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