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受け身で物事に関わらない人

■タイプ9(調停者・内向的感覚型)

ドン・リチャード・リソ「性格のタイプ」春秋社

(神経症の)タイプ9は、依存性人格障害と受動攻撃性人格障害にそれぞれ部分的に相当する。


通常のタイプ9の感情的な安定さは、その信念と理想化の精神世界を維持することにかかっているため、この段階での彼らは変化を恐れる。彼らは自分たちを混乱させるようなことはなに一つしたくない。したがって、可能なかぎり現状を維持したがる。深く本質的な方法で努力するよりも、彼らは、自分の介入や反応なしに、すべてがそれ自体の力でうまくいくことを願う


皮肉なことに、通常のタイプ9はなにもしないためには、なにかを実際にしなければならない。環境内に自分の平和にとって脅威と見なすものがあれば、いかなるものとも彼らは関わりを避けなければならない。彼らの健全な気取りのなさは、無反省な首尾一貫性のなさ、周囲の世界の多くに対する意識性の欠如になってしまっている。


彼らは現実と友好的な関係を保ち続けているが、奴隷のようにそうしているのではない。機能の鈍い満足感知性の鈍さ感情面の怠惰が始まる。「いいさ、心配する必要はないよ」と、彼らは受け身になる。この段階でのタイプ9には、自分とその行為の間にはっきりと距離、すなわち、何事も彼らに届かず、彼らを混乱させることのない無意識性を保つので、独特のあいまいさがある。彼らはきわめてこせこせしないが、環境――あるいはその中の人たちと、真に接することはない。


そして、より個人的な反応を要求されて当然な事柄に対してさえ、不適切なまでに事務的になる。彼らは「どちらでも結構です」という無関心な態度をすっと取り、そのため、なにかに心をわくわくさせたり、参加しようとしたりしない。彼らは同じように満足し、同じようにどっちつかずのまま、一つのことから他のことに移って行く


要するに、通常のタイプ9は、温厚で誤りに対しては「身を引き」、典型的な無精気質をそのまま人にした人物である。「この上ない幸福」であることは、新しい意味を帯びる。彼らは、なににせよ、あまり深くは感じないようにしているため、ユングの指摘するように、彼らが高いと言っても高くはなく、低いと言っても低くはない。すべてが安定に保たれる


通常のタイプ9は、自分自身をその感情から分離してしまっているため、その感情が弱まることに気づきさえしない。この段階では、通常のタイプ9は非常にあいまいで漠然となり始めるため、他の人たちは、まるで彼らがそこにいないかのように、なにかが彼らから欠け落ちていることに気づかないわけにはいかない


通常のタイプ9にとっては、なにも特別に重要でもなければ、緊急でもないようにみえる。彼らは絶対に必要な場合以外は、特定の精神的エネルギーをなにかに注ぎ込もうとはしない


詳細は彼らの関心を引かず、彼らは物事を忘れ、仕事に集中しても、三分もたたないうちに彼らの心はどこかに漂い出す。彼らの会話は取りとめがなかったり、急に話題を変えて話されていることに関心のないことを示す。通常のタイプ9は人生の夢想家であり、誰であれなにであれ、理想化した心の中の像を見つめて楽しむ


しかし、不幸なことに彼らの注意は、内向きにその瞑想の上にあるため、彼らは現実世界に注意を払わなくなる。もし知的で十分な教育を受けていれば、彼らは、哲学、神学、芸術や科学について語ることを楽しむかもしれない。しかし、彼らの思考のあまりにも多くが、率直にいって、漠然とした取りとめもない空想以上のものではなく、その目的は、真剣な参画や努力を要することに積極的に関わることよりも、むしろ、時間をつぶすことである


彼らの健全な飾り気のなさは、忘却へ、永遠の放心へと堕落してしまっている。まるで彼らは常に取りとめもない夢想にふけり、時間を見ずに時計を見つめている人のように世界を見ているかのようである。ほとんどの人がテレビのコマーシャルを無視する訓練を自分でしてきたのと同じ方法で、通常のタイプ9は現実の多くを体験する。すなわち、不注意が習慣になるまで、見たくないもの、聞きたくないものすべてから自分自身を分離する


彼らは夢遊病者に似ていて、物理的には存在していても、周囲の出来事には気づかない。彼らのエネルギーはその平和を守るために使われ、彼らは自分を興奮させたり混乱させたりするものはすべて無視する。肉体的、精神的な快適さは重要な価値であり、通常のタイプ9は、刺戟を受けすぎたり、疲れすぎてはいけないと考えて、精神的にも肉体的にも自分に厳しくしようとはしない。彼らは何物も求めずに時を過ごし、家の周りをぶらつき、使い走りをし、小物を集め、または、ぼんやりとテレビを見る


この段階では、彼らは半意識性の状態で生きることに慣れていて、精神安定剤をあまりにも長く服用したために服用しない状態を忘れた人のようである。

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日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。欠けているのは「生きた確信」である。真理そのものを愛する「情熱」である。この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である。
武者小路実篤の言葉
何のためにあなたたちは、生きているのですか。国のためですか、家のためですか。親のためですか、夫のためですか、子のためですか。自己のためですか、愛するもののためですか。愛するものを、持っておいでですか。
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佐藤蓼丸

Author:佐藤蓼丸
私たちは体においてよりも、心において不健康である。⇨ ラ・ロシュフコー

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