fc2ブログ

個人主義と順応主義

figure_ningenkankei_fukuzatsu.png


ロバート・N・ベラー「心の習慣・アメリカ個人主義のゆくえ」みすず書房 より


個人主義はアメリカ社会史に深く根ざしたものである。ここにおいて召使いは自由になり、借地人は小土地所有者となり、ベンジャミン・フランクリンの言う自尊心ある「ミドリング・コンディション」(中等身分)が生活の標準となった。


しかし植民地時代の、現われ始めたばかりの「自立的市民」は、自分たちが結束力の強い共同体のなかにいることを感じていた。すなわち家族や教会への結びつきとか共同体の「生え抜きの指導者たち」への尊敬がなお強力であるような、「平穏な王国」だった植民地の町町がなお健在だった。


個人主義は植民地の生活の市民的・宗教的構造体に深く埋め込まれていたので、ジョン・ロックの個人的自律の思想がよく知られていたにもかかわらず、まだ個人主義を表わす言葉は生まれていなかった。新しい国家の地理的・経済的膨脹、とくに1800年以後数年の膨脹とともに、物質的生活の改善の飽くことなき探求が始まる。


トクヴィルは、彼が目にしたこうした状況を記述するために「個人主義」なる言葉を用いたのである。近代個人主義のイデオロギーは、新しい社会的・経済的状況が生み出したものではない。その構成要素の大部分は19世紀よりもずっと古いものである。


しかし私たちの言う功利的個人主義――と後には表現的個人主義――が、市民的・宗教的な生活形態からの相対的独立を果たして、(それでもなお、市民的・宗教的な生活形能は依然重要ではあったが)、自らに固有な傾向を展開することができるようになったのは、こうした新しい社会的・経済的状況のおかげだったのである。


鋭敏なトクヴィルは、新しい個人主義の主たる両義性の一面を指摘している。すなわち個人主義は奇妙にも順応主義と共存可能だというのである。トクヴィルの描き出すアメリカ人は、自らの意見の形成にあたっては、受け入れた権威ではなくてつねに自らの判断を頼るべきであり、そうして作られた自らの意見を自らの拠りどころとすべきであると主張する。


こうした姿勢は、先の数章に記した会話のなかにすでに多く出てきている――たとえば、他者との妥協は望ましいことかもしれないが、しかし自分の「価値観」を犠牲にするのは良いことではないという主張などがそれである。

隠れた順応主義者

バビット1


バビット2


ロバート・N・ベラー「心の習慣・アメリカ個人主義のゆくえ」みすず書房 より

しかし、トクヴィルも論じたように、伝統や権威に依存することはもはや許されないとしたら、個人は、自らの判断の正しさを確認するためにどうしても他者へと目を向けざるをえなくなる


結局、既成意見の受容拒否も、仲間の意見への不安げな同調も、同じコインの表と裏なのである。家庭と家族から逃走し、共同体と伝統の諸価値から離別するアメリカ的個人主義者も、実は隠れた順応主義者なのではないか。


これはアメリカ人の積年の不安となっている。マーク・トウェーンは、青年時代を送った19世紀中葉の町におけるうっとうしい順応性を、二人の少年の冒険に託して物語っている。少年たちはこの順応性から自由になろうとするが、ついにうまくいかないのだった


ずっと下って1920年代には、シンクレア・ルイスが『バビット』のなかで、古典的アメリカ人の姿を、自分の政治的信念をもつについても、愛のなかに個人的幸福を追求する時にも、近所や家族からの非難に神経を尖らせないではいられない小都市の実業家として描いて見せた。バビットは息子に自分と同じ過ちをしないようにと忠告するが、このあたりに彼の問題がよく現われている。「家族を恐れちゃいけない。いや、ジニスじゅうのみんなをだ。いや、自分自身だって恐れちゃいけないんだ――私みたいに」。


過去100年間、個人主義とその両義性は中産階級の社会的地位と緊密に結びついてきた。第5章で指摘したように、19世紀後半に出現し始めた「中産階級」は、それ以前の「ミドリング・コンディション」(中等身分)とは異なるものである。この用語の真の意味において、中産階級とは物質的改善への欲求によってばかりでなく、成功の梯子を上昇することへの意識的で打算的な努力によって定義されるものである。


デヴィッド・シュナイダーとレイモンド・スミスは、中産階級を定義して「地位の移動に向けられたある特定の態度、願望、期待を有し、それに応じた行動を形成する人々より構成された、幅広くはあるが未分化ではないカテゴリー」としたが、これは有効な定義である。


地位がどこまで上昇するかは、より高度の教育を受けたかどうか、あるいは専門知識を必要とする経営管理的・知的専門職においてどこまで能力を発揮できるかにますます左右されるようになってきている


中産階級のアメリカ人にとって、教育や職業の選択に対する打算的姿勢は本質的なものである。この打算性が配偶者や友人や自発的団体の選択基準のなかにまで入り込んでいることも珍しくない

収入と消費が成功の証?

ロバート・N・ベラー「心の習慣・アメリカ個人主義のゆくえ」みすず書房 より


下層階級のアメリカ人にとってみれば、こうした姿勢は必ずしも自然なものではない。シュナイダーとスミスに対し、あるインフォーマント(調査において学者に情報(information)を提供してくれる人)はこう言っている。「カンペキにキメようったって、疲れるだけじゃねえのかね」。


上昇移動や「成功」が生活の基軸であるような人間にとって、アメリカ社会の主たる特徴は「個人的達成の努力に対し、正常な結果が期待できること」である。この考えによれば、家族その他の集団のしがらみを脱した個人は、自らのベストをつくすチャンスが与えられる。ここでは、機会の平等は本質的な要件だが、結果の不平等は当然のことと見なされる。だが自らのベストをつくすといっても、何がそのベストであるのかは定かでない


中産階級の人間にとって、個人主義が両義的なものとなるのはまさにこの点である。シュナイダーとスミスは「地位の印となるようないかなる固定的な行為の基準もない。地位を測るのに適した、唯一明快な定義のある文化的基準は、収入の額、消費の程度、目的達成のための合理的手順への一致度などの大まかな区分けである」と言う。


かくして中産階級の個人は、達成へ向けてのきわめて自律的で苛酷な追求への参加を動機づけられる一方で、達成の度合いを測るのに、隣人の収入・消費水準以外には、何らの基準もないという状態におかれざるをえない。こうしてまた新たな自律性と順応性との衝突が始まる。これはもうアメリカ的個人主義の宿命であるように見える。


しかしシュナイダーとスミスの掲げる文化的基準の二番目、「目的達成のための合理的手順」については、もしかすると隣人の様子を不安げに窺ったりなどせずに個人的な自律性を貫くことができそうである。


新たな問題解決への技術的合理性の適用を仕事としている中産階級の知的専門職の場合、適切な問題解決や解決法の刷新は事柄自体に基準がある確かな「成功」の証しとなる。こうした能力が公共善のための業務で発揮されるときには――たとえば最善の形態での医療において――、社会的価値のある、順応主義的でない個人主義が表出されることになる。


しかし技術的能力が私たちが「キャリア」と呼んでいる生活様式に取り込まれてゆくにつれ、合理的な問題解決に対する関心もまた(社会的貢献への関心は言うに及ばず)、収入と消費のみを尺度とする成功の基準に従属するようになる。医者、弁護士などの知的専門職はしばしばこうした体験をしているが、こうなると、仕事それ自体に本来宿っているはずの価値がたしかにあるのか疑わしくなってくる



幸福だと見られたい


個人主義というツール

現代のカウボーイ1


現代のカウボーイ2


ロバート・N・ベラー「心の習慣・アメリカ個人主義のゆくえ」みすず書房 より

知的専門職は公共的・私的な大規模な官僚制のなかで働かなければならないことが多い。このような場合、何かを成し遂げるためにも、キャリアにおいて前進するためにも、外部の問題を解決するよりも官僚制的な規則と役割の操作のことで才能の多くを費さなければならないので仕事の価値に対する疑間はますます強いものとなってゆく。


組織人」ははたして真の個人でありうるのか。こうした不安は、ウィリアム・H・ホワイトの有名な『組織のなかの人間』よりはるか以前からあった。カウボーイと探偵が人気を呼び始めたのは、会社がアメリカ人の生活の中心的な制度となり出したころのことである


孤独だが道徳的な罪を免れた英雄のファンタジーは、現代の官僚組織のもとでの自己の人格統合をめぐる疑間に呼応したものなのだ


現代の中産階級のアメリカ的個人主義のアイロニー(皮肉)は、個人の側からはいまだに高いレベルの個人的な独創性や能力や合理性が要請されているというのに、成功の道を歩んでいる個人に自律性があるのかどうか、さらには「成功」することに意味があるかどうかまでもがますます疑わしいものになってきているという事実にある。


功利的個人主義・表現的個人主義は何よりも手段の合理性や個人的欲求の重要性を強調しているが、こうした強調も、人生の目的・目標に対する理解――これは過去には主として聖書的伝統・共和主義的伝統が供給していたものである――から切り離されてきたかのようである。


このような状況に対する応答のひとつは、これまでかくも長く中産階級個人主義の中心的目標であり続けてきた職業上の達成を、もはやそれ自体は目的ではないものへと、つまり私的なライフスタイルーーたぶん、ライフスタイルの飛び地で営まれるはずである――を達成するための道具にすぎないものへと変えてしまうというものであった。


だが3章、第5章で考察したように、この解決法にも疑間が残る。他者と生活をともにすることに個々人の満足以外の何の目的もないのだとしたら、職業的成功を人生の目的とする姿勢を掘り崩すことになった矛盾と同じ矛盾が、私的生活からも意味を奪うことになりかねないのである

官僚制的個人主義

ロバート・N・ベラー「心の習慣・アメリカ個人主義のゆくえ」みすず書房 より


アメリカの個人主義の両義性と両面感情は、文化的矛盾と社会的矛盾の両方に由来するものである。私たちは真の自己、つまり すべての文化的・社会的影響から独立している自己当の自己に対して以外はいっさいの責任を負わない自己自己実現こそが人生の意味であるような自己を見つけることを、おそらくかつてないほどに主張している。


だが私たちは他者を操作し、他者によって操作される巨大な官僚機構――マンモス大学や企業や政府機関――のなかを潜り抜けることに多大な時間を費している


アラスデア・マッキンタイアは、経営管理者やセラピストに代表されているような生活の形態を「官僚制的個人主義」と呼んでいる。この官僚制的個人主義に、個人主義の両義性と矛盾が寒々と露呈されている。


なぜなら、そこでは私的決定の自由を買い取るために、もっとも公共的な決定を官僚制的経営管理者と専門技術者に引き渡すという犠牲を払っているからである


官僚制的個人主義のもとでは、近代の啓蒙的個人主義の第一の要求である被治者の同意はほとんど形骸化している。これは、個人主義が自らの存立条件を破壊する傾向をよく物語っている。しかし、私たちのインタヴューでは官僚制的個人主義への傾向が見られはしたものの、それが主流を占めているというほどではなかった


むしろアメリカ的個人主義の古典的極性のすべてが見られた。すなわち自律性と独立独行に対する深い欲求に対しては、共同体という場において他者と人生を分かちあうことなくして意味ある人生を送ることはできないという同じように深い確信が。


すべての個人の尊厳に対して平等な権利を与えるべきだという信念に対しては、極端な場合には人々から尊厳を奪うことになりかねない報酬の不平等を正当化しようという努力が。


人生には実践的な有効性と「リアリズム」が必要だという主張については、妥協は倫理的に致命的だという感情が見られたのである。


アメリカ的個人主義の内部にある緊張は、両面感情の古典的ケースであると言えよう。私たちは独立独行と自律性を強調している。


私たちは社会的コミットメントを維持することなしには人生は空虚なものになってしまうと深く感じている。自立は大事だが、人間はたがいに相手を必要としている――そう感じていながら、しかし私たちはそれをはっきりと口に出すことには躊躇してしまう


それを言ったら個人の独立性がなくなってしまうのではないかと恐れているのだ。だが、もし私たちが、個人主義の有する孤立化の作用にたえず歯止めをかけてくれるような実践に取りかからないままでいるとしたら、私たちの人生における緊張はさらに大きなものになることだろう。

記事分類
新薬販促のため多額の金銭をバラまき
原子力発電所の仕組み M.V.ラマナとサジャン・サイニ
小出裕章「原発の終わらせ方~福島原発事故から10年のいま~」
ウクライナ・オン・ファイヤー
ジョン・ミアシャイマー「ウクライナ戦争を起こした責任はアメリカにある!」
健全な精神の小さな火花を燃やせ!
藤原直哉/4月:時局分析
藤原直哉/5月:時局分析
*
*
ランキングに参加しています
FC2ブログランキング
INポイントランキング
リンク
プロフィール

佐藤蓼丸

Author:佐藤蓼丸

内村鑑三の箴言
キルケゴールの箴言
芥川龍之介「蜘蛛の糸」朗読
クソどうでも良い仕事" は誰のため?
故赤木俊夫氏の主治医インタビュー
「悪の凡庸さ」ウィシュマさん死の映像
悪の本質は「受動性」
なぜ少なからぬ政治家はカルトに親和的なのか
能力の低い人ほど自己評価が高い/ダニング=クルーガー効果
能力の高い人ほど自己評価が低い/インポスター効果
【真理省】が捏造するプロパガンダ「オーウェル的な」
暴君のいない暴政「カフカエスク」
ナルシシズムという病
加藤諦三「ナルシシズムと攻撃性」
ケン・ロビンソン: 「教育の死の谷を脱するには」
陰(イン)陽(ヤン)の隠された意味 - ジョン・ベラミー
トゥルシー・ギャバード:大統領選スピーチ
エマ・ワトソン親善大使 国連でのスピーチ
マララ・ユサフザイ 国連本部でのスピーチ
グレタ・トゥーンベリ COP25でのスピーチ
「ミソジニー」ってよく聞くけど、どういう意味ですか?
予備校のノリで学ぶ「エントロピー」
諸行無常と諸法無我
藤原直哉「老齢先進国はどこへ行く」
藤原直哉「世界のタガが外れつつある」
藤原直哉「錯乱から沈黙に」
藤原直哉「トランプがSNSに戻ってきた」
金利上げるの?上げないの?【デモクラシータイムス】
2008年金融危機からの禁じ手による反則負け