アメリカの分派
ジャック・ブロス「世界宗教・神秘思想百科」JICC出版局
19世紀と20世紀で、あらゆる種類の宗派が林立したアメリカでは、ジョン・スミスが受けた啓示からモルモン教団(末日聖徒)が生まれた。
千年至福論を唱えるもう一つの教会、キリスト再臨派(ラテン語で到来の意)は、 1843年―1844年にキリストが帰ってくることを告げた自営農家ウィリアム・ミラーの説教から始まっている。彼らの期待は挫かれたけれど、キリスト再臨派は今日なお百万人以上に及んでいる。
この予言の失敗のあと、エレン・G・ホワイトはこう主張した。キリスト再臨の日が正確に告げられないにしても、それに準備したほうがよいと。この考え方によるセブンスデー・アドベンティストは、おもに祝福された安息日(サバト)として土曜日を敬いながら、多くの健康法を実践(たとえば肉、アルコール、煙草を断つこと)する。
彼らにとって、キリストのつぎの到来は、千年あとで、そのとき選ばれた民はキリストとともに天に召されるだろう。それから悪人の根絶を見ることになる神の王国の復活が起こるが、善人は、それ以来不死となり、楽園となった地上で再び生きるであろう。
1873年―1878年にキリストの再来をむなしく待ったあとで、アメリカ人C・T・ラッセルは聖書研究に関する国際的な学生運動を創始したが、彼の死後、運動は分裂した。主流は、ラザフォードの指揮のもとで、1921年に《エホバの証人》となり、闘争手段として組織された。
《エホバの証人》は、黙示録で示された最終決戦ハルマゲドンの戦いのときに、世界が破滅するのを待つ。神の唯一の子ではなく、たんに神の主たる代理人にすぎないイエスに導かれた「善」の力が、サタンによる「悪」の力を決定的に叩きつぶすことになる。すべての悪人は消えてしまい、甦った大地に救世主の王国をイエスとともに享受する《エホバの証人》教団だけが生き残る。1987年に、 エホバの証人の信者は三百万人近い。
1879年に、ボストンで、メアリー・ベイカー・エディが、科学主義的なキリスト教会を創立した。彼女はキリスト教に《失われた要素を復活させ》ようと、霊魂の病と同じく身体の病を治すことができる再調和の実践を制度化した。クリスチャン・サイエンス(キリスト教の科学)は今日およそ二百万の信者を数える。
1865年以来、ウィリアム・ブースはロンドンの貧しい大衆に福音を説こうと企てた。1878年に、彼の社会的な仕事でよく知られている救世軍を作った。1987年に、86カ国に広がった二万五千人以上の《士官》で形成された。この救世軍への信仰に三百万人が従った。
以上が、宗教改革が解放した予言的な流れから生まれた主要な分派活動のパノラマの簡単な要約である。この流派の創始者たちは信者たちから霊的な指導者と見なされている。