一方通行の愛
エーリッヒ・フロム著「愛について」紀伊國屋書店
神経症になる一つの原因は、その人の母親が、愛情はあるが、甘すぎたり支配的だったりし、父親が弱く、子供に無関心なことである。
この場合、その人は、幼児期の母親への愛着にいつまでも固着し、大人になっても母親に依存したままで、無力感を持ちつづけ、いつでも何かをもらいたい、保護されたい、世話してもらいたいといった願望を抱き、いっぽう父親的な特質、すなわち規律、独立心、自分で自分の人生をコントロールする能力などが欠如している。彼らはあらゆる人の中に「母親」を探す。女性のなかに探すこともあれば、自分より目上の男性のなかに探すこともある。
反対に、母親が冷たく、何かを求めてもこたえてくれなかったり、支配的だったりすると、その人は、ある場合には、母親に保護されたいという欲求を、父親やその後に出会う父親的人たちに転移する。
またある場合には、きわめて一面的な父親志向的人物になり、法・秩序・権威には全面的に屈服するが、無条件の愛を期待したり受け入れたりする能力の欠如した人間になる。もし父親が権威主義的で、しかも息子につよく執着している場合には、その傾向がますますひどくなる。
これらすべての神経症的発達に共通している特徴は、父性原理と母性原理のいずれかが正常に発達しない(この場合の方が神経症の度合いがより深刻である)か、または、父親と母親の役割(現実の母親と父親の役割分担に関しても、また人間内部母親的役割と父親的役割に関しても)が混乱しているということである。
もっとくわしく調べてみれば、強迫神経症のようなタイプの神経症の根底には、一方的な父親への愛着があり、他の神経症、たとえばヒステリーとか、アルコール中毒とか、自分を主張したり現実と折り合いをつける能力の欠如とか、抑鬱とかは、母親への一方的な愛着から生じるということがあきらかになるだろう。