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フィレモンという名の老人

アンソニー・スティーヴンズ「ユング」講談社選書メチエ


空想を捕まえるというこの方法を、彼はずっと後になって分析の治療技法として用いることになる。彼はそれを能動的想像と呼んだ。その発見は、霊媒だった従妹ヘレーネ・プライスヴェルクが示した例に多くを負っている。


深く急降下するというのは、トランス状態に入るのと似ている。そこでは、無意識中のさまざまな人格がはっきりとした形をとってあらわれ、それらの人格と言葉を交わすことができる。本質的にいって、彼が発見したのはこつ、つまリオデュッセウス、 ヘラクレス、オルフェウスのように、意識をじゅうぶんに保ったまま地下世界へと下りていくこつであった。


そうやって地下世界ヘ降りていったときに彼がいつも出会った二つの人格は、サロメと名のる若くて美しい女性と、白い顎ひげとカワセミの羽をもったフィレモンという名の老人だった。 ユングは彼らを二つの元型――水遠の女性と老賢者――の具現化と見なすようになった。そうした人物像との会話を通じて、彼は決定的な洞察を得た――心の中で起きることは意識が作りだしたものではなく、それらは自分たち自身の生命をもっているのだ、と。


フィンモンは、私自身ではない一つの力を表していた。空想の中で私は彼と会話した。彼は、私が意識的に考えたのではないことを述べた話しているのは彼であって私ではないことを、私ははっきりと見てとった。彼はこう言った――おまえは自分の考えを、まるで自分で作りだしたかのように扱うが、私からみれば考えというものは、森の中の動物や部屋の中にいる人間や空中にいる鳥のようなものだ、と。


そしてこう言い添えた。「部屋の中に人びとがいるのを見たとき、おまえは自分がその人たちを作ったとか、自分のおかげで彼らが存在しているのだなどとは考えないだろう」。心の客観性や心の現実性を私に教えてくれたのは、彼だ。【自伝】


「心の現実性」というとき、 ユングは次のようなことを言わんとしているのだ――心は自然の先験的事実であり、客観的現象であって、それ自身以外のいかなる要素にも還元できない、と。心の存在は、われわれが直接に知ることのできる唯一の存在のカテゴリーである。なぜならわれわれが何かを知るためには、それがまず心的イメージとしてあらわれなければならないからである。(「チベットの大いなる解放の書」への心理学的注解)


時として彼は私にとって、まるで生きている人間のような、きわめて現実的な存在に思われた私は彼といっしょに庭の中を歩きまわった。私にとって彼は、インド人が導師と呼ぶものであった。【自伝】


こうしたフィレモンとの会話は、破壊的な精神病的現象などではけっしてなく、 ユングが新たな確信を得るのを助けた。ブロイラーやフロイトの姿をとった、外界の父親的人物を失い、ジークフリートの姿をとった英雄像をみずから破壊した彼は、いまやフィレモンの中に自分自身の内的権威を見出したしかも、やがてユング自身がキュースナハトの老賢者というきわめてカリスマ的な人格になることを、最初にはっきりと示したのがフィレモンだったのである



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