多くの人を怒らせた
「私が今でも一人でいるのは、人が知りたいとは思わないことを、私が知らせてしまうかもしれないからだ」。➡ C.G.ユング「夢の賢者ユング」ヒストリーチャンネル
アンソニー・スティーヴンズ「ユング」講談社選書メチエ
ユングは逆説的な人物である、なぜなら、自分自身の内部にいる普遍的人間を発見するために、他の人とはまったく違う個人的な道をすすんだのだから、と。彼は自分自身の「小さな光」にあまりに誠実だったため、多くの人は彼をただの変わり者として無視し、彼の文章の背後にあるものを読み取ろうとか、彼の思想を理解しようという努力をほとんどしなかった。
実際に理解しようと努力した者たちの多くは、彼の思想をすっかり誤解し、しばしば不当に、彼を非難するためにそれを用いた。このことは、 ユングがどの心理学的タイプに属していたかを考えれば、理解しやすくなる。
彼は内向的思考・直観型だったから、影は外向的感情・感覚だった。これがどんなことを意味するかというと、彼には鋭い知的な理論操作ができ、深い心理学的洞察が得られたが、感情にもとづいた判断や外的状況への関わり方には欠陥があった。
この型の人は往々にして、黙っていたほうが得策であるような状況でも、妥協せずに、自分の心のヴィジョンを大胆に公言せずにはいられない。当然ながら、それによって友人だけでなく敵をつくることにもなる。 ユング自身はこの欠点に気づいていた。
私は多くの人を怒らせた。というのも、その人が私を理解していないことがわかるやいなや、私はそれ以上何も言わず、相手の言うことにも取り合わなかった。私は先を急がねばならなかったのだ。私は他の人びとにたいしては――患者は別として――気が短かった。
私は自分に課せられた内的な法則に従わなければならなかったので、選択の自由はなかったのだ。もちろん、いつでもその法則に従ったわけではない。いったい矛盾なしに生きられる人がいるだろうか。【自伝】
これは強さとも弱さとも解釈できる。このおかげで彼は、当時は誰にも発見できなかったことを発見することができ、誰にも唱えられなかったような仮説を打ち立てることができ、それによって、心をないがしろにして環境的要因ばかり重視する行動主義や、還元主義的なフロイトの心理学や、物質主義的な現代文化による偏向を補償することができた。