外向的感情型の無意識

客体の重要性が大きくなりすぎると、主体が客体に同化してしまい、本来の感情が衰弱する。感情は個性を失って、感情自体となり、あたかも人格が解体して、その時々の感情のままふるまうようにも見える。つまり、人生には常にさまざまの状況が現れ、そのたびごとに異なった感情の調子を引き起こすので、はたから見るとこの人の人格は、さまざまな感情に分裂してしまったように感じられるのである。

 

そのようになったとしても、この人の個性は残されており、変化してやまない感情の在り方と対立するようになる。すなわち補償的な無意識の構え(抑圧されている思考)が公然と反抗を始める。大げさで空々しい<感情表現>を示すようになり、周囲の人々は<わざとらしい>印象を受けるようになる。このような状況から、この人の態度ををだれもまともに受け取れなくなるが、

このタイプにとって何よりも重要なのは周囲との間に密接な感情関係をつくりだすことにあるので、周囲の誤解を解くために倍の努力が必要になり、状況はさらに悪循環に陥るのである

 

外向的感情型の思考は、それが自立した機能である限り抑圧される。この場合、

あらゆる思考が抑圧されるのではなく、思考のもつ厳格な論理が感情にそぐわない結論を押しつけてくるときだけ抑圧され、感情の召使い、あるいは奴隷であるときは許される

 

しかし、こうした思考は背骨が折れているようなものであり、自らを貫き通すことは出来ない。それでもなお、客観的及び厳格な意味での結論というものは存在するので、このタイプの思考は無意識の中で動かざるを得ない。

 

このタイプの思考は幼児的太古的否定的である。意識的な感情が主体性を失わないでいるなら、思考は補償的な性質を持つ。しかし、自我が分裂して個々の感情に囚われると統一性は失われ、主体が無意識化する。主体が無意識に堕ちると、

無意識的な思考(背骨を折られた思考)が最も高く評価する客体にとりつき、客体の価値を容赦なく剝ぎ取り始める。こうなると「・・・・・にすぎない」という極論スタイルの思考の独り舞台になる

 

無意識的な思考はしばしば強迫的な性格をもった思いつきの形をとって表面に姿を現すが、一般に否定的で価値を剝奪する性格を持っている。そのためこのタイプでは、ほかならぬ感情が最も評価しているはずの客体に対し、かえって最悪の思考内容がまつわりついてしまう瞬間が存在する。

否定的な思考が、あらゆる原始的な本能をかき集めて、ついにはその感情が「・・・・・にすぎない」ものであると証明できるようにしてしまうのである

<C・G・ユング著「タイプ論」みすず書房より>

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