客体に対するコンプレックス

<C・G・ユング著「タイプ論」みすず書房より>

彼は可能性を際限なく追及するため、あらゆる懸念に常に取りつかれ、考えが明確になるほど、現実世界のどこへ、どのように当てはめればよいか途方に暮れる。

彼は自分にとって自明なことが、必ずしも他人にとって自明とは限らないことを、なかなか認めることが出来ない。彼の文体は懸念からくる、あらゆる補足限定注意疑問によって難解なものになっている

彼は他人に対して、あまり語らなくなるか、自分を理解しない人々のことが頭に浮かび、彼らの救いがたい無知を証拠立てるものを集め始める。このような理由もあって、たまたま理解を示してもらうような人が現れると、その人のことを過大評価してしまうのである

 

目立つのを避けようとするあまり、立ち居振る舞いがぎこちなく、おどおどするかと思えば、子どものような無邪気さを見せることもある。自らの専門領域においては猛烈な反発を招き、それに対しては原始的な激情によって答えるという不毛な論争に巻き込まれる。

 

彼は周囲の人から思いやりのない権威的な人と見られているが、彼をもっとよく知る人は彼の優しい人柄を高く評価している。あまり近しくない人には、無愛想で仲間づきあいに否定的な偏見を持つひねくれものと思われることもある。

 

彼は教師として個人的に影響を与えることはほとんどない。彼には生徒の心など知るよしもないからである。そもそも教えること自体に興味がないし、教えている最中にも教材について考え込んでしまい、説明することだけでは満足できないので教師失格である。

 

このタイプが度を超すと、近しくない人には好意を示すことは皆無になり、近しい人には益々依存するようになる。発言は個人的で独りよがりになり、理念は深まるほどに、手持ちの材料では説明不可能になる。そして、この材料不足の埋め合わせに情緒不安定で傷つきやすくなる。

 

彼は外からくる未知なるものは断固拒否するが、自分の内からくる未知なるものについては何としても守り通そうとする。彼は著しく主観的になり、主観的な真理と自分の人格を同一視するようになる。主観的な真理を他人に押し付けるようなことはないが、批判に対しては、それが正しい批判であっても、憎悪の念をもって立ち向かって行く。生産的な理念は憤怒の毒により破壊的になり、外部に対し孤立することは、無意識の影響力に対する戦いも増大させる。

 

本来、内向的思考は、次第に永遠の妥当性をもった原イメージへ近づく理念を発達させる点において、能動的な包括性を持つ。ただし客観的経験との結びつきが弱まるとこの理念は神話的になり、その時代の状況に対しては真実味がなくなる。したがってこの思考が価値を持つのは、その時代にとって馴染みのある明白な事実と結びついている間だけである。

 

思考と対立する感情・直感・感覚は相対的に無意識な劣等機能であり、動物的で外向的性質を持っている。内向的思考型が客体から厄介な影響を被るのは、すべてこの性質による。内向的思考型の人が周囲に張り巡らす自衛策や障壁、こうしたものはすべて<呪術的な>作用を防衛するためのものである。

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