力と成功に対する強迫観念:タイプ3な社会

A・ローウェン「ナルシシズムという病」新曜社より

お金や権力が十分にあれば、人はどんなイメージにも、見た目の重要性と力を付与することが出来る。爆弾やピストルがあれば、どんな弱い人間も、自分を世界の強力な勢力と見ることができるのだ。そして事実そのとおりである。そうなれば彼らは、普通の人間のもたない破壊力を持つことになるからである。

 

人に傷つけられたり、拒否されたり、侮蔑されたりすれば、われわれはだれでも痛みを感じる。だが、誰もが感情を否定したり、傷つくことを知らぬ優越せる人間といったイメージを投影したり、権力を渇望したりするわけではない。その違いは幼児体験にある

 

子どもが何らかの形で絶えず屈辱感にさらされていれば、身体にも精神にも屈辱の恐怖が構造化されてゆくことになる。このような人間は苦も無く次のように誓うことが出来よう。「大きくなったら私は権力を握り、お前にも誰にも二度とこんなことを、私にできないようにしてやる」。

 

不幸にもわれわれの社会では、こうしたナルシシズム的外傷が多くの子どもに生じている。なぜかといえば、自分の子どもを左右する力を自分の個人的な目的のために利用する親が多いからである

➡ アレクサンダー・ローウェン

 

<ドン・リチャード・リソ「性格のタイプ」春秋社>より

政治は、個性を誇示するほどには、主義主張や公共の福祉のために力を示さず、宣伝に力を注ぎ、注意深く計算された地位を持つ候補者を大衆に売り込むが、大衆にはもはや、何がその人物の実体で何がまがい物か、見分けることが出来ない

 

メディア媒体、特にテレビは、大衆に何が売れるかということに主に携わっている。浅薄な価値やイベントの人目を欺く華やかさが、あらゆる物事を判断する基準になっている。唯一の指針は「注目を集める能力」である。なにが注目され、求められているかということに価値がある。人々は見事な包装に惑わされて、中に何も入っていないことに往々にして気づかない。

 

テレビタレントの演出された親しみやすさから、美人コンテスト出場者の練習を積んだ誠実さ、「夕刊雑誌」と銘打たれる番組の弁明できないとちりに至るまで、計算されたイメージが現実であるかのように装っている。

 

人々は、ますます競争が激しくなる市場で注目されるためには何でもするので、自己顕示欲と自己宣伝は受け入れられるものになっている。理想は勝者になること、成功し、有名になり、称賛されることである。いたるところで人々が成功と名声を追い求めている

 

毎日、新刊書が、「成功のための着こなし」「成功のための食事」「成功のための人脈づくり」の仕方を教授する。私たちは自己陶酔的な空想を売りつけられている。すなわち、他の誰にでも匹敵し、他人の少しだけ上をいけば、ひとかどの人物である。自分の印象をうまく操れば、君もスターに、いや、神になれる。

 

性格のタイプ3は、自己の確認の探求を実証する。その自己は、表面的な完全さが、より多くの注目を求めれば、求めるほど空虚になる

➡ ドン・リチャード・リソ

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