不屈のジャーナリズム:大統領の陰謀

このときだけは、これまで耐えてきた他の危機とは違い、生きる理由も守るべき大義も見いだせなかった。⇨ リチャード・ニクソン

 

大統領の陰謀は「All the President’s Men-ニクソンを追い詰めた300日」(ボブ・ウッドワード、カール・バーンスタイン共著)をワーナーが映画化(監督アラン・J・パクラ)1976年に上映された。

 

1972年6月17日、ワシントン・ウォータゲートビル侵入事件

ウォーターゲートビルの警備員フランクは、ドアのラッチが逃走経路確保のため工作されていることに気づく。テープが張られたことによりラッチが受け穴に落ちないようになっていたのだ。フランクは市警に通報し、民主党委員会本部に侵入した5人が逮捕された。

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取材の始まり

新米記者ボブ・ウッドワードは社会部長のハワード・ローゼンフェルドから侵入事件の法廷取材を命じられる。容疑者の所持金が多額であったことや、所持品の中に無線機やカメラが含まれていたからだ。取材により、共和党関係の弁護士が傍聴に来ていたこと、容疑者の一人マッコードがCIAの元警備員だったことが判明する。

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盗聴疑惑を追う

容疑者の残したメモから、ハワード・ハントという人物が浮かぶ。ハントに電話するが不在で、チャールズ・コルソンのオフィスにいるかもしれないという。コルソンのオフィスに電話すると、コルソンは不在だが、ハントは作家でマレン社にいるかもしれないという。(コルソンは大統領特別顧問)

 

ディープ・スロートの間接話法「選挙資金を追え」

ウッドワードは政府内部の情報提供者ディープ・スロート(仮名)から「政府捜査機関と情報機関は政府に牛耳られており、君たちは監視下にある」と警告される。ディープ・スロートが示唆した通り関係者の口は重く、取材は困難を極めたが、同僚のカール・バーンスタインと共に、干し草の山から針をひろうように粘り強く証拠を検証、選挙資金の一部が盗聴事件の実行犯に渡っていたことを突き止める。

 

さらにニクソンの強力なライバルだったマスキー上院議員(中道派)に対し、民主党党首選挙において「マスキーがカナダ人を侮蔑した」という内容の怪文書でマスキーの信用を失墜させた選挙妨害にも、ニクソンの選挙資金が使われていたという証言を得る。妨害がどれほどの影響をもたらしたかは不明だが、結果としてベトナム反戦を明確に打ち出していたジョージ・マクガバンと現職のニクソンが大統領選挙を戦うことになった。

 

四面楚歌

少ない証言をもとに記事は発表され、政府は無責任な記事と一笑に付し、世間の反応も薄かった。

 

言論の自由は尊重するが、ポストのような卑しいジャーナリズムは別だ。今朝、掲載された記事は不正確で事実に反している。それはわたしのみならず、記事の根拠となった大陪審で証言した人物も、そう述べている、そのような証言はしていないと」。

 

「当てこすりや第三者の伝聞、根拠のない非難や匿名の取材源、こけおどしの見出しで、ホワイトハウスを事件と結びつけようとした。そうした非難は、事実無根だとポスト紙は知っている。ポスト紙はまさに偽善の塊だ。その有名な二枚舌は誰の目にも明らかだ」。

 

遂にディープ・スロートが秘密を暴露

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ホールドマン(首席補佐官)の仕業だ、金も何もかも彼が仕切った。彼には容易に近づけない、手を講じないと。不正工作はミッチェル(再選委員長・元司法長官)が始めた。実に大勢が関係している。この国の全情報機関がかかわっている。FBI、CIA、司法省・・・途方もない。隠ぺい工作は違法なスパイ活動を守るのが主目的だった。みんな、つながってる。ノートを出せ、もっとある

 

大団円

一時は完全に劣勢だったワシントンポストだが、記事を発表したことにより少しづつ流れが変わり始め、次第に事件の全容が明らかに。

 

1973年1月11日:ハント(CIA局員)共謀と不法侵入の罪状を認める。

1973年8月17日:マグルーダー(再選委員会・総務部長)不法侵入ほう助を認める。

1973年11月5日:セグレッティ(弁護士)民主党党首選挙妨害に関与、6か月の禁固刑。

1974年2月26日:カームバック(ニクソンの私設弁護士)不正資金調達を認める。

1974年4月6日:チェーピン(大統領秘書)偽証で有罪。

1974年4月12日:ポーター(大統領再選委員)FBIへの偽証で30日投獄。

1974年5月17日:クラインディーンスト(司法長官)罪状を認める。

1974年6月4日:コルソン(ニクソン大統領特別顧問)司法妨害を認める。

1975年3月13日:スタンズ(再選委員会・財務委員長)不正献金受領を認める。

1975年1月2日:ミッチェル(再選委員長、元司法長官)ホールドマン(大統領首席補佐官)ら有罪。

1974年8月6日:録音テープによりニクソンの隠ぺいが発覚。

1974年8月9日:ニクソン大統領辞任。ジェラルド・フォード38代大統領に就任。

 

最新の世論捜査では、ウォーターゲートを国民の半数が知らない。疲れただろう、家に帰るがいい。風呂に入って15分休んだら、また仕事だ。君たちが招いた苦境だからな。だが、我々が守るべきは憲法修正第一条、「報道の自由」この国の未来だ。たったそれだけだが、今度しくじったら許さんぞ。⇨ ベン・ブラッドリー(ワシントンポスト編集主幹)

ワシントンポストとニューヨーク・タイムズは、71年、ベトナム戦争に関する国防総省の極秘文書も暴露している。ニクソン政権は両紙を告訴し、記事の差し止めを求めたが敗訴(76年最高裁決定)、政府印刷局は全12巻を公刊した。ペンタゴン・ペーパーズの暴露と最高裁の判決は、当時のベトナム反戦運動を励まし、三権分立への信頼も失わせなかった。

2005年、月刊誌「ヴァニティ・フェア」は「ディープ・スロート」の正体が、事件当時FBI副長官だったマーク・フェルトだと報じた。マーク・フェルトはFBI退官後の1976年、1970年に極左テロ組織「ウエザーマン」に対する捜査で、容疑者宅に不法家宅侵入した責任を問われる。4年に及ぶ審理の終盤、ニクソン前大統領はフェルトを擁護する側の証人として出廷。判決は罰金刑だったが、フェルトはウッドワードに「ニクソンはワシントンポストより力になってくれた」と語ったという。

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